支配されてるのが楽な人間に、就職教育とかコーチングとか、全く意味がないと思う。 – アナーキーマーケティング

支配されてるのが楽な人間に、就職教育とかコーチングとか、全く意味がないと思う。

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FROMマーケティングプロデューサー加藤元康

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先日、人材業界の若手の方が集まるイベントに参加した。

人材代行の会社の方、人事部の方、コンサルの方などなど、業界の若手の方々の話を聞くことができた。

なんで参加したのかというと、マーケティングと人材集客って結構似てるとこあるから、新しい事業の企画として進めているのでそのリサーチでお伺いしたのだ。

でも、意見として聞いてて面白いなと思う一方、そもそも私なんかは就職活動自体をやらなかった人間からしてみれば、なんか違和感があるのだ。

そもそも、私が大学生のころ、周りが就職活動し始めたとき、なんでコイツらよく分かんない企業に入ろうと必死なんかな?と疑問でしょうがなかった。

時代は就職氷河期といわれた時代。

特に私みたいに三流以下の大学の大学生には、全然知名度も何してるかも分からない企業にしか就職できなかったのだ。

アホらしくて、就職活動なんかやってらんねぇ、と音楽活動に勤しんだ。

べつに生きる分には、バイトでギリギリ生活はできる。

だから、そこまでして、働きたくなかったのだ。

自分がこれやりたい、とか意思がないことも、学校出たら企業に就職という流れに疑問を持ってないことに対しても、とにかくダセェと思っていた。

で、私は、就職活動をしないと決めた。

親にもそれを伝えたが、親父には、てめぇそんな甘いこと言ってんじゃねぇ、工場手伝え!と無理矢理実家の工場に入れられた。

私の実家は三代もの時代つづいている東京の下町の工場。

家族で手伝うのが当たり前だと、育てられてきたのだ。

機械のように同じことを繰り返すその仕事は、子供の頃から何度か手伝ったことはあるものの、ほとんど喋らず同じ作業をさせられるという仕事の内容が、飽きっぽい私が続けられるようなものではないのを自分自身で分かっていた。

それに、周囲は高齢の職人さんばかり。

一番若い人でも私と10歳くらい離れていた。

話が合うわけもなく、誰ともほとんど話さず、もくもくとやる仕事だ。

だから、本当にやりたくなかったが、心のどこかで多少は親孝行したいという気持ちもあって、働くことになった。

というのも、工場は基本的に5時で終わる。残業しても7時だ。

リハーサルやLIVEは基本的に夜なので、バイトの代わりに家業を手伝いながら、音楽活動を続けることができると判断したからだ。

しかし、1年はまだなんとかやれたが、1年を過ぎた頃から、なんだが身体の疲れが抜けなくなってきた。

運動したら疲れとれるかな、と思ってジムに通ったり、友達と飲みに行って憂さを晴らしたりしていたが、朝がとにかく辛くて起きられない。

肝心の音楽もやる気がでないし、音楽も聴けなくなってきた。

挙句の果て、リハーサルまでぶっちするくらい何もかもやる気がでなくなっていった。

もちろん、彼らの信頼を裏切るわけで、完全におかしな方向に爆走していった。

もう、なんのために人生生きてるのかだんだん分からなくなってきて、とにかく生きてるのが辛く感じてたまらなかった。

1日、2日、徐々に仕事を休みがちになり、無理矢理職場に行った日に、自分の手をみたら、ずっと震え続けているのに気づいた。

そう、完全にうつ病。

やりたくない仕事をやり続けたってだけじゃなく、音楽も人間関係もボコボコになって、うつ病になってしまったのだ。

結局、そこから引きこもり。

あれはキツかった。

どんでもない深い闇に吸い込まれていって、どんなにもがいても、出れないのだ。

向精神剤を飲みながら、生活しないと、頭が動かないし、身体も動けない。

薬を飲むと、少しはマトモに、考えられるので、どんどん薬に依存していく。

そのときに、こんな生活やってたら駄目だ、と、めちゃくちゃ焦る。

焦ると、人とコミュニケーションしていこうと、友人と飲み会にいったりして、酒と飲んじゃいけない向精神剤を飲んだ後に、酒のんじゃって2〜3回救急車で運ばれたりもした。

もうね、音楽やってたときより、全然ロックンローラー状態。

みんなといるときは、躁状態だし、誰よりも大胆で不敵なことをしていたので、いろんな意味で数々の伝説を作っていった。

でも、帰れば、いつ自殺してもおかしくない精神状態。

アメリカみたいな銃社会だったら、拳銃をコメカミに当ててたんじゃないだろうか。

そんなことをトータル、2〜3年、繰り返していたのだ。

就活時期に、ダセェと思っていた人たちのほうが、例え仕事がつまらなくてもここまでにはならないだろう。

そもそも日本の教育によって、思考を停止させられているから疑問に思わない。

その教育から逃げた私は、想像以上の精神的逆境が待ってた、ってわけだ。

学生時代に自己実現のきっかけになる音楽を見つけてしまったから、自分はこうあるべき、という理想が強くあった。

それは、おそらく、考える習慣をつけたからじゃないかなと。

音楽を演奏するということは、とても頭をつかう。

それだけじゃなく、当時のめり込んだ日本の純文学とか、映画とか、そういう、雑多な文化とかサブカルとかに侵された私の頭脳は、完全に考えることを習慣づけた。

大学の授業なんか、全く出てなくても、そうやって、自分で色んな物を吸収していたから、自己表現、自己実現なんちゅーもんは、全然見えてたわけだ。

それが自由に追えない自分の現状にたいして、異常なストレスを抱えてしまったのだ。

毎日、自分の思考を閉じ込め、同じ作業を繰り返し、機械のように働く、、、、

学生のころ、ダセェと思ってた就職先の会社のイメージなんかよりも、私にとって想像以上、囚人かの如く思えるような酷い現実がそこにあった。

まあ、実家を手伝おうが、就職しようが、きっと、同じ状態になったかもしれないけど、社会ってもんが目の前のソレ以外にないように思えたのだ。

そもそも自由奔放な想像力を持ってる人間を、既存のシステムで羽交い締めに動かそうとしたのがいけなかった。

そうすると、24時間、仕事ってなによ、生きるってなによ、って、余計に考えるのね。
プラトンとか隣にいたら超面白かったんだろうけど、一人で自己問答。

しょうが無いから、哲学書とか読み始めたりして、考えだして、もっと重症負ったりね。笑

もう、完全に苦行だ。

そりゃ、頭がおかしくなる。笑

そもそもの性格が、って話もあるんだろうけど。

まあ、とにかく、私は20代後半まで、このうつ病からどうやって、開放されるか、という戦いを抱えちゃったのだ。

そうなると、音楽だ、自己表現だ、なんて、シャレた話をしてる場合じゃなくなる。

必死に社会復帰しないと、社会から抹殺されるという、恐怖との戦いだ。

それに同年代の友人や知り合いが、楽しそうに仕事しているのを聞くだけで、狂いそうなくらいの焦りを感じるようになってきたのだ。

深い、深い、闇の中から、どうやって這い上がるか、薬を頼りながらもがき続けた。

どんなに体調が悪くても、人に会おうと努力した。

友達くらいに会えるようになると、仕事を探しに、就職情報誌を買って、面接に行った。

落ちるところまで落ちてるので、とにかく這い上がらなきゃ抹殺されるという恐怖が尻を叩いてくれたから動けた。

いろんな友達に支えられ、支えられる程に、彼らと自分を比較してしまい、さらに恐怖が襲うから、動けた。

そうやってたら、色々縁あって、雑誌の編集の仕事を得て、それから、広告制作会社に転職したりして、キャリアを積むことができるようになった。

またあんなひどい状態になることを恐れていたから、会社に自分を認めさせてやろうと必死だったし、そもそも社会から無視されるような状態は死んでも嫌だった。

いわゆる、這い上がった、というやつだ。

たぶん、あのうつ病を経験しなければ、こんな強靭なメンタルを手に入れることはできなかっただろう。

今じゃ、誰に何言われようと、どうでもいいし、大抵の酷いことが起きてもビクともしない。

うつ病完治した人って、そんないないらしいから、私は運が良かったんだろうけど。

そんな、面倒な経験して、就職ということに、改めて思うことがあったりする。

別に無理矢理、就職するときに、夢とか希望とか、教える必要なんかないし、そんなこと誰も教えることできないでしょ?

たとえば、はい、大学3年になりました、で、何をやりたいかを無理矢理考えさせて、就職させるでしょ。

いままで何を学んだとか、いままでやったことを元に。

逆じゃないか、普通。

私はずっと音楽やりたくて、高校生の時に海外で音楽勉強したい!といったら、

馬鹿野郎、大学いけ!と、親に首しめられて、しょうが無いから大学に行って、学校行かずにめちゃくちゃ音楽学んだりして、それなりに評価されたりしてきた。

そうやってなにかやりたいって、子供の頃からあるものだと思ってたし、周りの環境と闘いながらやり通すしかないと思っていた。

でも、子供の頃からそういうヤツのほう圧倒的に少数だ。

とくにやりたいことがないから、部活とかバイトにのめり込んで、就活とかはじめちゃっても、私みたいに違和感持たずに、やれちゃう。

学歴社会っていうのも悪いのかもしれないけど、私は相当抗ったほうだと思う。

親から学歴をつめるような環境を与えてもらったにも関わらず、勉強するふりして、ギター弾いてたしね。

そういう時が一番集中して上手くなれたのを思い出す。笑

もうね、ギター弾くと馬鹿になるとか、人生踏み外すっていう典型だなと。

ホント、ロックは危険だ。爆

要はね、見えちゃうんだ。

いまの過程が、自分にとっていいのか悪いのかって。

音楽を通じて、自分の意見をもてるようになっていたと思う。

生き方、生き様、哲学、理念、理想など、そういうものを芸術は人に影響を及ぼす。

1,000冊の本を読むのか、1,000のアーティストの楽曲を聞くか、1,000本の映画を見るか。

どれをとっても、自我を形成するには十分な、影響があるのだ。

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こないだのイベントで聞いた話だけど、某IT大手の人事やってた人がいて、その会社入社したい学生とかが、会社の入り口まで来て泣いて入社を乞われることも少なくないという。

こりゃ、実にダサい。

でもね、私の時代にもこういうヤツ、いた。

何も変わってないんだ。

仕事がどうこうじゃなく、将来どういうしたいという夢があって、その手段が仕事だ。

だから死ぬ気で取り組めるのに、手段を目的にしちゃってるから、人間が超浅い。

中身なんもないから、大手IT企業の冠を得ることが自己実現になっちゃったりしてる。

でもね、20歳超えて、これは痛いよ。

親の言いなりで来た優秀な子なんだろうけど、勉強ばっかりしてなんも考えてなかったわけでしょ。

こういう人たちに、就職支援とかコーチングとかして、働き方とか生き方とか教えても、多分無理だと思う。

子供の頃から、夢を追ったりして、自分の人生を考えてたりしてないからだ。

人間には2種類ある。支配する側と、される側だ。

これは、別に政治家になって日本を支配しないとダメだ、という話ではないし、私が差別主義者ということでもないし、自分が優秀だと思っての話(むしろダメ人間だ)でもない。

ボケっとしてたら、人生全てを支配される、ということを言いたいのだ。

親に支配され、教育に支配され、学校に支配され、会社に支配され、収入を支配され、異性に支配される。

こういう外的要因に全部支配される。

でも、支配されたい人も世の中にはいるのだ。

いや、大多数が支配されていたいのだけど、認めたくないのだ。

だから、大声で自己実現!とか、コーチング!やっちゃうと、すんげぇちっぽけな志の低い輩が集まる。

楽して金儲けしたいとか、願えば叶うとか、苦労せずにできると、本気でそう思ってる人たちね。

自分の頭で考えないで、メンター的な人(このメンターって”日本語”もキライだw)の受け売りが自分の主張みたいに言うでしょ。

お前はどこにいるんだよ!って。

申し訳ないけど、ダセェと思う。

だって、思考力がないのに、見栄であるふりをする。

空っぽなほど、着飾るというのが人間の性だ。

でもしょうが無い。

こういう人たち、なのだ。

そもそも、こういう、外的要因を支配しようとなんの努力もしてこなかった人たちは、つねに何かに依存するのだ。

教えてもらってないんで出来ませんとか、教育が悪かったんでこんなですとか、支配されてる依存思考。

その前に教えて下さいと教えを乞うべきだし、自分に知識がないなら自腹で金払って学べばいいんじゃないの?

先日のイベントでも、大学に行って講義をしたり、土日を使って悩める学生や転職者のケアをしてる方もいたり、すごく熱い気持ちを持ってやってらっしゃる方のお話は、素晴らしいなあ、とも思うのだが、弱者のニーズに合わせてる限り、その方たちが目指すところの問題解決はなされないんじゃないだろうか、と思ったりもした。

だって、企業だって、自分で考えて、仕事して、問題解決できる人しか欲しくないでしょ、そりゃ。

それを、一時的な大学教育やコーチングみたいなことで変えられるだろうか?

甘えたい奴らに、甘えさせる止まり木を用意してやってるようなもので、簡単に折れてしまうんじゃないだろうか。

むしろ、崖から突き落としてやってから、そこからの這い上がり方を支援してあげるほうが、よっぽどためになると思うのだ。

そしたら、考えだすか、死ぬかしかないからね。

死にたくなければ、いまのままでいいじゃないか。

この日本のいいところは、選べるところだ。

この依存人間でも、生きていけるしね。

頭で苦労しないんだら、経済的に苦労してくるのは仕方ない。

何をリスクに考えるかの違いだから、無理矢理、啓蒙したり煽ったりする必要ないんじゃないだろうかと。

むしろ、そういう人の価値観を変えることは、いいことではなかったりもすると思うのだ。

そもそも根本の価値観が合えば、似たような行動を取るはずだしね。

それを強制するのはいかがなものかと。

私が、こんなことを書いてるのも、人は区別するべきだと思っているからだ。

差別はいけないが、区別はされるべき。

人間の区別を超えて何とかしようとするのは、絶対に無理。

この区別を超えて、こっち側に引っ張ってこようとしても、お互い疲弊するよ。

だって、価値感が違うんだから。

大人になって、価値観を変える、だなんて、洗脳か、本当にうつ病になるくらいの話だ。

そもそも、同じ教育を受けても、その人の素地で全部違う答えが出てくるしね。

それは親の教育なのか、DNAなのか、幼少の環境か、なんなのか全く分からないけど。

だから、私は、子供にジェイムス・ブラウンやスティーヴィー・ワンダーやマイケル・ジャクソンを聴かせて育てようと思うけどね。

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